08.呼吸困難
「べ・・・弁慶・・・」
「おや、どうしました?もう降参ですか?」
くすくすと意地の悪い笑みを浮かべている目の前の人物の黒衣をギュッと握り締める。
「可愛らしい抵抗ですね。」
笑みを浮かべたまま、優しいキスが再び唇へ降りてくる。
もうどれくらい・・・キスを繰り返しているのか分からない。
「君の唇は・・・まるで甘露のように甘いですよ。」
弁慶の舌が味わうようにあたしの唇をそっと撫でる。
その甘く痺れるような感覚に、徐々に身体の力が抜けていく。
「弁慶・・・」
「僕の名を呼ぶ声すら、今の僕には媚薬の如く効き目があるみたいです。」
触れるようなキスから、味わうようなキスに変わり・・・それがやがて深いキスに変わる。
「ん・・・」
ぎゅっと閉じた瞳から涙が零れ、それが頬を伝う。
頬に添えられていた弁慶の手に涙が触れたのか、全てを奪うようなキスを与えてくれていた彼の動きが止まった。
「・・・こんなに美しい涙を見たのは、初めてですよ。」
もう、何も考えられない。
頭も、心も、何もかもが弁慶に捕らわれてしまった。
深いキスを受け、半ば酸欠状態になったあたしの身体を支えるよう、弁慶の手がしっかり腰に回される。
「崩れ落ちそうなら両手を僕の首に回して下さい。」
耳に唇が触れそうな距離で囁かれ、力なく伸ばしていた手をゆっくり弁慶の首に回す。
「・・・えぇ、それで結構です。」
「も・・・もぅ・・・」
「どうしました。」
言葉を紡ぐのも辛い。
呼吸すらままならない事を伝えようと、微かな音を弁慶に告げる。
「・・・」
けれど、結果は・・・あらぬ方向へ進んでしまった。
「・・・それじゃぁ尚更止めてあげる事は出来ませんね。」
「ど・・・して・・・?」
「君が呼吸困難で倒れてしまったら、僕が寂しいからですよ。」
――― 息、出来ない・・・
「呼吸が難しいなら、僕がの代わりに酸素を差し上げますよ・・・こうやって、ね。」
そしてまた弁慶の唇が降りてくる。
意識が飛ぶまで、この甘い呪縛からは逃れられそうもない。